先週、4月22日に下記の記事がメディアで報道されました
流産を理由に年1万人超離職、経済損失は466億円…名古屋市立大など研究・ケアの重要性指摘 : 読売新聞オンライン
https://www.yomiuri.co.jp/medical/20250422-OYT1T50042/
【読売新聞】 流産を経験した女性の離職による経済損失は少なくとも年間466億円に上るとの研究結果を、名古屋市立大などの研究チームがまとめた。専門家は周囲の正しい理解やケアで離職を防ぐ重要性を指摘している。 チームは、同大病院と同大医
この記事(研究報告)の元となって研究結果は下記の論文として、名古屋市立大学医学部・産婦人科学教室の伴野 千尋先生から報告されています。
Economic impact of resignation due to miscarriage: A survey of patients with recurrent pregnancy loss and pregnant women in Japan
Chihiro Banno et al. J Reprod Immunol. 2025 Mar:168:104424.
この論文に関して簡単に読み解いてみたいと思います
研究背景
- 流産は妊娠における最も一般的な合併症ですが、その多く(散発的な初期流産の70~80%)は胎児の染色体異数性が原因です 。
- ストレスが流産の直接的な原因であるという科学的根拠はありません 。
- しかし、アメリカや日本の調査では、多くの人が流産の原因を女性の精神状態や行動(ストレス、重い物を持つことなど)と誤解していることが示されています 。
- 日本では、女性が妊娠・出産・育児を機に離職する傾向(労働力率のM字カーブ)があり、仕事と家庭の両立が難しいという背景があります 。
- 流産が女性の離職に与える影響、特に経済的な影響については、これまで十分に調査されていませんでした 。
研究目的
- この研究は、日本の不育症(Recurrent Pregnancy Loss: RPL)患者と妊婦を対象に、流産や妊娠に関連する離職のリスク要因と、それに伴う経済的影響を明らかにすることを目的としています 。
方法
- 対象者: 名古屋市立大学病院と同ウェスト医療センターを受診したRPL患者および妊婦健診の妊婦 。
- 調査方法: 2017年9月から2020年3月にかけて、匿名の質問票調査を実施 。質問票は個人の特性(年齢、学歴、家族構成、妊娠歴、不妊治療歴など)、就労状況、離職理由、妊娠中の仕事に対する考え方、流産の原因に関する知識、心理的苦痛(K6尺度)などを含む19項目で構成されました 。
- 分析: 現在就労している女性(785人)と離職した女性(392人)の特性を比較し、多項ロジスティック回帰分析を用いて離職に関連するリスク要因を特定しました 。また、離職による経済的損失額を算出しました 。
結果
- 離職状況: 回答者1177人のうち392人(約33%)が離職していました 。流産経験者のうち、少なくとも9%が流産を理由に離職していました 。
- 経済的損失: 流産を理由とした離職による年間経済損失額は、約467億円(約3億300万米ドル)と推定されました 。妊娠・出産などを含む理由での離職による総経済損失額は、年間約1兆92億円(約65億5300万米ドル)と推定されました 。
- 離職のリスク要因:
- 子どもの数が多い
- 体外受精(IVF)の経験がある
- 義父と同居または近居している
- 最初の妊娠時に流産や不妊治療を理由に離職した経験がある
- 「妊娠中はできるだけ働かない方がよい」「体に負担のかかる仕事はしない方がよい」「長時間・不規則な勤務はしない方がよい」といった考えを持っている
- 就労継続の要因:
- 実母と同居または近居している
- 学歴が高い
- 夫の収入が低い
- 正規雇用である
- 「ストレスの多い出来事が流産の原因になる」と考えている(予期せぬ結果)
注目すべき点
- 流産による離職が、日本の社会経済に年間約467億円もの大きな損失を与えていることが初めて具体的に示されました 。
- ストレスが流産の原因であるという誤解が広く浸透しているにもかかわらず 、科学的根拠はない点が改めて強調されています 。
- 実母の近くに住むことが就労継続につながる一方、義父の近くに住むことが離職のリスクとなるなど、家族関係が女性の就労選択に影響を与えている可能性が示唆されました 。
- 不妊治療(特にIVF)の経験が、離職の独立したリスク要因であることが明らかになりました 。
論文から考えるべきポイント
- 流産の主な原因(胎児染色体異常など)に対する誤解や知識不足が、女性が自分を責めたり、不必要に離職したりする一因となっている可能性が指摘されています 。
- 流産は決して稀ではなく、多くは自分で防げるものではないという正しい知識を、女性本人だけでなく周囲の人々や社会全体が持つことが重要です 。
- 誤解を解き、不必要な離職を防ぐためには、学校教育などにおけるリプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)教育の改善(流産や不妊に関する内容を含む)が必要であると提言されています 。
- 女性が仕事と育児・家事を両立できるような社会的なサポート体制(例:母親による育児支援 )の重要性が示唆されます。
- 流産や不妊治療が女性のキャリアに与える影響について、さらなる理解と対策が求められます。
この論文は、流産という個人的な経験が、誤解や社会的な要因と結びつくことで大きな経済的損失につながっている現状を明らかにし、正しい知識の普及とサポート体制の重要性を訴えています。